4月 182017
 

女性自身 によると。

「匡子さんは独学でトレーニング理論を学んでいました。ノートは100冊を超えていたそうです。またマッサージも勉強し、練習後は真央さんの身体のケアもするようになっていました」(フィギュア関係者)

4月12日の会見当日、浅田真央(26)は開始2時間前に都内のホテルへと到着していた。海外メディアを含む430人の報道陣がつめかけるという、今世紀最大級の記者会見。約50分の質疑応答を終えると、彼女は込み上げる涙をこらえながら壇上から去っていった。

そんな彼女の胸に去来したのは、亡き母・匡子さん(享年48)との日々だろう。名古屋市にある実家の近所の住人はこう振り返る。

「真央ちゃんがここまでの存在になれたのは、やっぱりお母さんが一生懸命だったからだと思います。お母さんは毎日、真央ちゃんを車に乗せてリンクや学校へ送迎していました。朝早くから夜遅くまでね。大変だったと思います」

そんな母の姿は、引退決断の陰にもあったようだ。昨年11月、浅田はグランプリシリーズのフランス大会で自己最低となる9位と惨敗。その夜、浅田は母の夢を見たという。

「夢に現れた匡子さんは優しく微笑み、『真央、もういいよ。長い間、お疲れさま』と囁いたそうです。その夢を母の“遺言”と受け取ったのでしょう。真央さんが引退を考え始めたのはこのころからだと思います」(別のフィギュア関係者)

氷上では厳しかった母。だが浅田がいちばん辛いときに優しい言葉をかけるのも、いつも匡子さんだった。それでも「平昌五輪に出場すると宣言して復帰した以上、やめるわけにはいかない」と競技を続けた浅田は、左膝の怪我の影響で力を発揮できず全日本選手権でも12位に。そして2カ月間に及ぶ逡巡の末、ついに現役引退を決意したという。

「引退会見で『言ったことを必ずやり遂げるというポリシーは、誰に教えてもらったの?』と聞かれた真央さんは『やはり母かなと思います』と答えていました。また彼女は旅行に行ったとも明かしていましたが、実は1月にロサンゼルスを訪れたそうです。ここはロスは匡子さんと10年前に長期滞在した地。ジャンプ練習のためお母さんと暮らした日々を、振り返ったのではないでしょうか」(

 Posted by at 9:25 PM
4月 182017
 

読売新聞(ヨミウリオンライン)によると。

 フィギュアスケート女子で、世界選手権に初出場して5位に食い込んだ三原舞依(17)(神戸ポートアイランドク)が読売新聞の取材に応じた。シニアデビューを飾った今季を「三原舞依という選手を世界にアピールできたかなと思う」と振り返り、シーズン最終戦となる世界国別対抗戦(4月20日開幕)へ「大舞台で滑れる幸せな思いを込め、ミスのない演技をしたい」と意気込んだ。

 世界選手権は、ショートプログラム(SP)でミスが出て15位と出遅れた。その理由については「あまり調子が悪いわけではなく、いつも通り演技はできていたけど、最後のジャンプで少し跳び急いでしまった。気持ちのコントロールで、少し安心してしまったところがあった」と分析する。

 しかし、フリーではミスのない演技を披露し、順位を5位まで押し上げた。気持ちの切り替えについては「ショート(SP)の失敗があったからこその、フリーの演技だと思う。ショートで、あれだけ緊張した中で最後まで滑ることができたんだから、フリーは絶対に大丈夫と、自分で安心してできた。それが良かった」と感じている。

 演技の途中で涙がこみ上げてきたといい、「音楽もすごくきれいな曲だし、シンデレラの成長を表現しようと滑っていて、ジャンプが次々と決まっていって、感極まってしまった」と明かした。

世界選手権を振り返る三原舞依(東京都港区のテレビ朝日で)
日本女子4人目 200点超えに手応え
 シニアデビューを飾った今季。グランプリ(GP)シリーズの初戦だった昨年10月のスケートアメリカで3位となり、いきなり表彰台に上がった。昨年末の全日本選手権は3位。今年2月の四大陸選手権では、バンクーバー五輪銀メダルの浅田真央さんと安藤美姫さん、宮原知子(関大)に続く、日本女子4人目となる合計200点超えで、優勝を飾った。

 この好成績には「思ってもみなかった。でも、自分がしっかりショート、フリーともにミスなく滑ったからこその結果かなと思う。たまたま、私にミスがなくて、ほかの選手が失敗した時に優勝できたというのはすごくうれしいけど、まだ本当の実力はないので、力をつけていきたい」と冷静に受け止めている。一方で、「三原舞依という選手は、こんな選手だよというのを世界にアピールすることはできたと思う」と手応えも感じた。

 シーズンを締めくくる世界国別対抗戦は、フィギュアスケートでは珍しい団体戦。ただ、来年の平昌五輪でも団体戦は行われるだけに、貴重な経験の機会であり、「団体戦は初めてだけど、オリンピックのために、団体戦というのはこんな感じなんだなというのを学べれば。それを、これからに生かしていきたい」と意欲を燃やしている。

 個人の目標は「シーズンが始まった時から変わっていなくて、ショート、フリーを両方ともミスなく滑ること。昔から自分がテレビで見ていた世界国別対抗戦という大舞台で滑れる幸せを、しっかり演技に込めたい」。今シーズンの集大成を見せるつもりだ。

 Posted by at 9:04 PM
4月 172017
 

J-CASTニュース によると。

 モデルの佐々木希さん(29)の結婚をめぐり、ユニクロの下着CMが注目を集めている。

 これまでにも広告モデルを務めた美女たちが大物有名人と結婚していることから、ツイッターでは「ユニクロの下着CMに出演すると結婚する」というジンクスがささやかれているのだ。

■吹石一恵さんも

 佐々木さんは2017年4月9日、「行列の出来る法律相談所SP」(日本テレビ系)で、お笑いコンビ「アンジャッシュ」の渡部建さん(44)との結婚を生報告。ネット上でも祝福ムードが広がっている。

 そんななか注目を集めているのが、佐々木さんがモデルを務めるユニクロのブラジャーなどの「下着」CM。ブラカップ付きトップス「ブラトップ」のCMには、女優の吹石一恵さん(34)が2008年、2014年、2015年と出演。吹石さんは2015年秋に歌手の福山雅治さん(48)と結婚している。

 ジンクスを裏付けるのは佐々木さん、吹石さんだけでない。2010年にCMに出演したモデルの山田優さん(32)も、2012年に俳優の小栗旬さん(34)と結婚をしている。

 CMでは3人とも背中を大露わにし、上半身に一糸まとわぬ状態から、ブラジャーやブラトップを着用する姿が描かれている。胸元から谷間が覗き、バストラインのきれいな曲線がはっきりと見て取れる内容のものもあった。

 そのためツイッターでは、

  「ユニクロの下着のCMでると結婚出来る」

という、まことしやかなジンクスがささやかれている。

  「吹石一恵といい 佐々木希といい… UNIQLOのCMに出ると 結婚出来るらしい」
  「ユニクロのブラトップのCMは幸運の女神がついてるのか?」
  「吹石一恵も佐々木希も ユニクロのブラのCM出てたから 私もユニクロのCM出たらイケメンと 結婚できる?」

といった具合だ。
「CM見る度に渡部が脳内をよぎる」
 現在放送中のブラジャーのCMでは、佐々木さんが胸の谷間や美しい背中を惜しみなく披露し、世の男性を悩殺している。どれも色っぽく女性でも見とれてしまう美しさだが、結婚報告でショックを受けているのはやはり男性陣。「今後はCMを直視できない」と泣き叫ぶ声もあちこちで聞かれる。

  「佐々木希のUNIQLOのブラのCM見る度に渡部が脳内をよぎる人生ってどうなん?」
  「佐々木希さんのUNIQLOブラジャーCM見るたびに、『ああ、渡部はこの美ボディを…』としか思えなくて辛い」
  「UNIQLOの佐々木希のブラCMを舐めまわすよう見ている一般人に対し、その先の世界を舐めたことがあるアンジャッシュ渡部。あぁ辛い…」

 一方で、

  「佐々木希が出てるユニクロのCM、これまでフラットな目線で見れたのに人妻となった今となっては旦那以外の人に下着姿見られちゃって!っていう背徳感があってすっごいエロく見えます」

と妄想を掻き立てる人も現れている。

 Posted by at 5:02 PM
4月 152017
 

東スポWeb によると。

 バンクーバー五輪フィギュアスケート女子銀メダルで元世界女王の浅田真央(26=中京大)が12日、都内で引退会見を行った。人々に親しまれた「氷上の女王」は引退を決断した経緯や現在の心境、自分のスケート人生について真摯に吐露。最後は言葉に詰まり涙をぬぐう場面もあったが、会見中は終始、晴れやかな表情だった。そんな真央のスケート人生は母・匡子(きょうこ)さん(故人)を抜きにしては語れない。厳しくて愛情深いモーレツママとの二人三脚で歩んだ競技生活。本紙がキャッチした壮絶秘話をお届けしよう――。

 会見場となったホテルにはテレビカメラ50台とスチルカメラ100台、約430人の報道陣が集まった。熱気ムンムンの中、午前11時30分、白のジャケットと黒スカート姿の真央がステージに登壇。「私、浅田真央は選手生活を終える決断をいたしました」と改めて引退を表明した。

 5歳から始めたスケート人生。完璧な演技を求める姿が見る者の心を打ってきた。この日の会見でも自身のポリシーを聞かれ「決めた目標は達成させること」を挙げた。「一番最初の記憶は小さいころ長野県で野辺山合宿でのことです。そこでトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を絶対跳ぶと決めて合宿に行ったら成功しました。目標を達成したらこんなにうれしいんだと思いました」

 そのポリシーを教えてくれたのが、2011年に48歳で他界した最愛の母・匡子さんだった。会見で「言ったことは必ずやり遂げる。誰から授かった教えか」と問われた真央は「やはり母かなと思います」と即答した。

 浅田家をよく知る関係者が語る。「いろいろな習い事をやらせて真央が好んだのがスケートだったそうです。それ以来、匡子さんは自分のすべてを真央にささげた。練習場と学校への送迎、練習の付き添い、24時間毎日一緒。15年も練習を見ているので下手なコーチよりダメな部分を指摘することができるんですよ」

 スケートをやると決めると、学業を犠牲にすることもいとわなかったという。「中学3年間、ほとんど通学しなかったので『出席日数が足りないんですけど』と学校側から言われても『だったら学校をやめる! 真央にはスケートがあるから』と言い放ったそうです」(同)

 持って生まれた才能が母の情熱によって磨かれ、またたく間にトップ選手に成長。年齢制限で06年トリノ五輪出場はかなわなかったが、「天才少女」の名を全国に知らしめた。迎えた10年バンクーバー五輪。真央を金メダリストにすべく匡子さんは燃え上がる一方だった。

 日本スケート連盟関係者は証言する。「なんと現地のリンク場を借り切ったんですよ。情報漏れを防ぐため、全部シャッターを閉めた。で、たった2人だけで直前練習に励んだんです。こんな親子はいません」

 ところが、この後は真央の体が成長し、ジャンプが決まらなくなる。迷走の末、ようやく佐藤信夫氏(75)がコーチに決まったものの、自身の体は病魔にむしばまれていた。そして11年に帰らぬ人に…。「実は佐藤コーチには生前、匡子さんから遺言がありました。『もう一度、真央を一番いい状態に輝かせてほしい』と。実績のある選手を途中から修正するのは大変なんですが、お母さんとの約束があったからできたのでしょう」(同コーチの友人)

 自身の代名詞でもあるトリプルアクセルにこだわって同コーチと衝突することもしばしば。だが、匡子さんとの思い出がいっぱい詰まったジャンプであることも同コーチは理解していた。

 真央は会見の最後「皆さん、今日は本当にありがとうございました」とあいさつした際、2度言葉に詰まり、2度後ろを向いて涙をぬぐった。そこには亡き母への感謝の気持ちもあっただろう。真央に近い関係者によると、匡子さんの墓前に引退の報告はしていない。「いつも心の中に母がいるからね」(同関係者)

 二人三脚で歩んだスケート人生。真央は次のステージに進むが、傍らでは今でも母が見守っているに違いない。

 Posted by at 12:42 PM
4月 122017
 

スポニチアネックスによると。

 現役引退を表明したフィギュアスケートの浅田真央(26=中京大)が12日、都内で会見を行った。代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)について質問を受けると、「なんでもっと簡単に跳ばせてくれないの」と答え、報道陣の笑いを誘う場面もあった。

 小学6年生だった02年に初めて成功して以来、浅田の代名詞となったトリプルアクセル。10年バンクーバー五輪では1大会で女子史上初となる3回のトリプルアクセルを決めながら、金ヨナ(韓国)に及ばず銀メダルに泣いた。今季は3大会連続で封印し、最後の大会となった昨年12月の全日本選手権のSP、フリーで挑戦したが成功はできなかった。

 トリプルアクセルについて「自分の強さでもあったが、悩まされることも多かった」と語った浅田。「トリプルアクセルに声を掛けるとしたら?」という珍質問には「うーん…」と悩んだ末に「なんでもっと簡単に跳ばせてくれないの、という感じ」と笑顔で率直な思いを吐露した。

 また、バンクーバー五輪金メダリスト・金ヨナさん(26、韓国)について質問が及ぶと、「お互いいい刺激を与えながら、もらいながら、スケート界を盛り上げてきたんじゃないかと思っています」と長年のライバルへの思いを口にしていた。

 Posted by at 10:32 PM
4月 122017
 

THE PAGE によると。

 フィギュアスケートのバンクーバー五輪銀メダリストの浅田真央(26、中京大)が12日、都内のホテルで引退会見を行った。海外のメディアも含めて350人を超すマスコミが集まった中、浅田は「晴れやかな気持ちで選んだ」という真っ白なブラウスに真っ白なジャケットで登場。

 まず冒頭で立ったまま「選手生活を終える決断をしました。これまで、たくさんの山がありました。それを乗り越えられたのは、支えてくれた方々やファンの方々のおかげです。今日は、感謝の気持ちをお伝えできればと、このような場を設けさせてもらいました」と笑顔で挨拶をした。
 
 最初に引退理由について「復帰してからいい形でスタートができました。練習をして試合に出るにつれて、今の時代は(レベルが)凄いので、ついていけるのかな、と思うようになり、体が復帰前よりもつらいことが多くなりました。1シーズン目は乗り切れました。2シーズン目は、なんとか、なんとか、がんばろうという思いだけでがんばりましたが、最後の全日本で、もういいんじゃないかなと思いました」と説明した。

 浅田は2シーズン前から3度目の出場となる平昌五輪に照準を絞り現役復帰したが、昨年は左膝の故障からトリプルアクセルを封印するなど思うように演技ができずスケート・アメリカで6位、フランス杯で9位と惨敗。12月の全日本選手権では、トリプルアクセルを解禁したが12位に終わり世界選手権の出場権を逃していた。得点と順位が出た瞬間に「もう終わったんだな、もういいんじゃないかな」と思ったという。。

「全日本には12歳から出場しているんですが、一番残念な結果に終わってしまって、この結果も、ひとつ大きな決断(引退)に至った大きな出来事だったと思っています」
 
 それでも正式発表に至るまで長い時間を必要とした。自らの信念との葛藤があった。

「復帰してから平昌五輪に出るという目標を掲げて言ってしまった。その目標をやりとげなければならないと思っていました。言ってしまったたこととの葛藤はありました。ずっと言ったことはやり通してきました。やらなきゃいけないなんじゃないかなという気持ちが強くて、ここまで(発表が)のびてしまいました」

 有言実行の精神は2011年に48歳の若さで逝去された母・匡子さんの教えだった。

「小さい頃から変わりません。1日、1日 目標を達成するという強い気持ちを持ってやってきました。こういう性格なので、決めたことに関しては頑固なつもりです」

 最終的には2月に決断をした。世界選手権で、日本の平昌五輪の出場枠が「3」から「2」に減ったが、その時点では、すでに引退を決意していて、引き金ではなかったという。

「五輪に出るという目標を止めてしまう自分を許せるのかなあ、許せないのかなあと、(悩んだが)、最後に話し合いをして決めたのは2月でした。世界選手権(の結果)が影響したわけではなく、自分自身が最後に決めたことです。気持ちの準備などであって今日に至りました。2枠は、残念なこと。やはりその2枠を大勢の子が争うわけですから、(選考試合は)ハイレベルな試合にはなると思っています」

 今は、引退の決断に悔いはない。

「ソチ五輪のシーズンで選手を終えていたら、今もまだできたんじゃないかと思っていたと思います。でも望んで復帰して、挑戦してみて、気持ちも体も気力も、もう全部出し切りました。挑戦したことに何の悔いもありません。何もやり残したことがありません。もう一度チャレンジできてよかったです。やり尽くしました」

 だから、もし生まれ変わっても「もう1度人生があるならスケートの道はいきません。食べることが大好きなので、ケーキやカフェとかレストランだったり、そういうのやっていくかなと思ったりします」と言う。

 Posted by at 9:32 PM
4月 112017
 

cinemacafe.net によると。

フィギュアブームを巻き起こし、数々の感動を与えてくれたフィギュアスケート選手の浅田真央(26)が、昨夜、突然の引退を発表。浅田さんの選手引退を受けて、各局で特別番組の放送が決定した。

5歳でフィギュアスケートに出会い、「天才少女」と呼ばれた浅田さん。その華麗なスケーティングとトレードマークのトリプルアクセルで、彼女は日本のみならず世界を魅了してきた。そんな彼女が昨夜22時51分、「ご報告いたし ます」のタイトルで始まる自身のブログの中で、「突然ですが、私、浅田真央は、フィギ ュアスケート選手として終える決断を致しました」と引退を発表したのだ。

そして今回、この引退発表を受けて緊急特番が決定。

テレビ朝日では、4月11日(火)今夜、「ありがとう!真央ちゃん」と題し、浅田さんのスケーター人生を“独占映像”でふり返る特番が放送。テレビ朝日のカメラが初めて訪ねた14歳の浅田さんから、そこから撮り溜めた貴重な映像の数々を、スケーターとしての成長物語と共にふり返る。銀メダルで涙を流したバンクーバーオリンピック、劇的な演技で感動を呼んだソチオリンピックなど、数多くのドラマを描いた銀盤の歴史…まさに“完全保存版”の笑顔と涙と戦いの4,000日の密着記録を放送。MCは富川悠太と竹内由恵が務め、ゲストには松岡修造、八木沼純子、織田信成、鈴木明子、小塚崇彦が出演する。

さらにその翌日の12日(水)には、フジテレビにて「引退 特別番組 浅田真央26歳の決断~今夜伝えたいこと~」が放送。引退発表直前、長く浅田さんの取材を続けてきた渡辺克樹ディレクターに語った“独占インタビュー”と“密着取材”、さらには秘蔵映像と決断の裏側とこれまでの軌跡を描いていく。

浅田さんは、「小さな頃から地元の名古屋で取材していただき、ずっとお世話になってきた渡辺さんには、今回の件についてきちんとお話ししたいと考えました。この取材を通じて私の気持ちが応援してくださった皆様に伝わればうれしいです」とコメントを寄せている。

ゲストには姉・浅田舞が登場し、姉妹揃って久しぶりのツーショットインタビューや、最愛の母が撮影した、姉妹にもまだ見せていなかった幼少期からの成長を記録したビデオ映像が放送。引退を決めた瞬間や、あの戦いの裏側にあった新事実も明かされるという。

緊急スペシャル生放送「ありがとう!真央ちゃん」は4月11日(火)19時~テレビ朝日にて放送。

「引退 特別番組 浅田真央26歳の決断~今夜伝えたいこと~」は4月12日(水)19時~フジテレビにて放送。※同日同時間放送の「おじゃMAP!! SP」は19日(水)19時~に放送変更

 Posted by at 8:50 PM