羽生結弦、復帰戦Vもフリー2位に「もっと強くなりたいと心から思う」

スポーツ報知 によると。

五輪連覇の羽生結弦(23)=ANA=は4回転サルコーで転倒するなど、フリーで165・91点の2位にとどまったが、合計263・65点で2月の平昌五輪以来の復帰戦を優勝で飾った。今季は勝負よりもスケートを楽しむことを目標に掲げていたが、不満が残る右足首故障からの復帰戦に、「今はもう『勝ちたい』しかない」と、再び闘争心を燃えたぎらせた。

 フィニッシュで上げた左腕を下ろしながら、羽生は悔しそうに何かを叫んだ。肩で息をしながら、表情をゆがめた。自分への怒りから、なかなか立ち上がることができなかった。

 「めちゃくちゃ悔しい。試合で勝ちたい気持ちがすごく強くなった。五輪が終わって、ちょっと抜けていた気持ちの部分が、また自分の中にともった。火をつけられたような状態」

 16歳の車俊煥(韓国)にフリーで敗れ、合計でも3・87点差と迫られた復帰戦が闘争心に再点火した。

 4回転サルコーで転倒後、4回転トウループ―3回転半(トリプルアクセル)の連続技に試合で初めて挑んだが、4回転が2回転になり失敗。スピンでは、条件を満たしていないとみなされたものが2つあった。「自分が滑りたかったプログラムに対しての実力が、あまりにも足りない。体力も足りない」。芸術面を評価する演技構成点は2016年のスケートカナダ以来約2年ぶりに、全5項目が8点台にとどまった。

 憧れるロシアのエフゲニー・プルシェンコの演目「ニジンスキーに捧ぐ」をアレンジしたフリーは、原点回帰の意味を込め「Origin」と名づけた。全てをささげてかなえた五輪連覇の翌シーズンは、結果にこだわらず幼い頃のようにスケートを楽しもうと誓ったが、初戦で早くも変心。「今はもう『勝ちたい』しかない。それが一番自分らしいのかも。頑張ったって言えるぐらい練習していきたい」と、目に力を込めた。

 次戦のGPシリーズ・フィンランド大会は1か月半後に控える。「もっと強くなりたいと心から思う。しっかりと計画を練って、最短で強くなりたい」。去り際にポツリと言った。「勝たなきゃ意味ないんで」。羽生節が帰ってきた。勝負にこだわることで自らを高めてきた王者は、競技者としての原点に回帰する。

羽生結弦、今季初戦V…SPのリード守る 転倒、タイミング合わないシーンも

スポニチアネックス によると。

 フィギュアスケートのオータム・クラシック第3日は22日(日本時間23日)、カナダのオークビルで男子フリーが行われ、ショートプログラム(SP)首位の羽生結弦(23=ANA)が、2位の165・91点、合計263・65点でリードを守り、2月の平昌五輪以来となる今季初戦を優勝で飾った。

 羽生は初披露されたフリーの衣装で冒頭の4回転を決めたものの、後半でのジャンプで転倒、タイミングが合わないシーンもあり演技終了時には肩で息をし、厳しい表情を見せた。

 前日のSPではスピンでミスが出たが、サルコー、トーループの2種類の4回転ジャンプを決め97・74点で首位に立っていた。

 フリーの使用曲「Origin」は、エフゲニー・プルシェンコ氏(35)の伝説的なプログラム「ニジンスキーに捧ぐ」で使用された曲をアレンジしたものとなる。かつて「ニジンスキーに捧ぐ」で満点を連発したプルシェンコには4月のアイスショーで会った際に許可を得て「頑張ってね」と激励されたという。羽生は「プルシェンコさんの『ニジンスキーに捧ぐ』は素晴らしいプログラムで消えることはないと思う。それとは別に、自分のプログラムとして完成させたい」と意欲を語っていた。

 また、今季男子はフリーの演技時間が現行の4分半から女子と同じ4分に短縮され、ジャンプの数も8から7に減った。羽生も「実はきつい。(プログラムが)忙しい」と語っていただけに、新プログラムには注目が集まっていた。

 SP2位の車俊煥(韓国)がフリー1位の合計259・78点で2位に入った。

「新潮45」寄稿文の危険性、痴漢とLGBTの権利をなぜ比べるのか!

ハフポスト日本版 によると。

「新潮45」2018年10月号に掲載された小川榮太郎氏の寄稿文「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」
月刊誌「新潮45」が9月18日発売の10月号で、同性カップルを念頭に「生産性がない」などと主張した杉田水脈衆院議員(自民)の寄稿を擁護する特集を掲載し、批判を受けている。

新潮社は21日、公式サイトで声明を発表。「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられました」としたが、謝罪の文言はなかった。

特集では、7人の保守派論客による寄稿文が掲載された。その中でも、文芸評論家・小川榮太郎氏による寄稿文を問題視する声がネット上で相次いでいる。

小川氏は記事の後半、LGBT当事者が生きづらいなら「痴漢症候群の男」なども生きづらいと主張。「(痴漢の)再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事」とし、(LGBTの権利を保障するなら)「彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか」などと綴った。

これに対し、「痴漢とは被害者がいる性暴力であり、その問題と、LGBTをめぐる議論はまったく土俵が違います」と、『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)の著者で、精神保健福祉士・社会福祉士(大森榎本クリニック)の斉藤章佳氏は指摘する。

小川氏の寄稿文の問題点は、何なのか?斉藤氏の主張を聞いた。
「触られる方が悪い」という話になりかねない

▼以下、小川榮太郎氏の寄稿文「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」より抜粋。

「LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである。

満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深ろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。

彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか。触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく。」

—-

小川氏は論考の中で、LGBT当事者の人権を尊重することについて、「(痴漢する人の)触る権利を社会は保障すべきでないのか。触られる女のショックを思えというか」と反論している。

しかし、斉藤氏は「LGBT(性指向と性自認)の権利と痴漢加害者(性嗜好)の権利を同列に並べるのは、非常に問題がある」と指摘する。

「痴漢とは被害者がいる性暴力であり、その問題と、LGBTをめぐる議論はまったく土俵が違います」

「さらに、『触る権利を保障するべき』という主張そのものが、男尊女卑や女性蔑視でもあります。痴漢の加害者は圧倒的に男性が多い。触られる側、つまり痴漢被害者である女性の人権や心情を一切考慮しておらず、この論考をさらに発展させると、『触られる方が悪いんだ』という話にもなりかねません。まさに、セカンドレイプの温床になってしまうような、危険な主張と言えます」

ディズニーのオリジナルブランドと北欧インテリア、フィギアスケート・健康の話題アラカルト