4月 172017
 

日刊スポーツ によると。

 真央さんの「挑戦」の意志を引き継ぐ。フィギュアスケートソチ五輪男子金メダリストの羽生結弦(22=ANA)が16日、仙台市内で行われたイベントに参加し、現役引退した浅田真央さん(26)への思いを語った。自身のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)の師であり、長年フィギュア界を引っ張ってきた真央さんを「挑戦の象徴」とたたえ、その意志を継いでいくことを誓った。

 グレーのスーツ姿で壇上に立つ羽生は、それまで“浅田さん”と呼んでいたのをやめ、最後に“真央ちゃん”と呼んだ。「自分のジャンプを跳ぶたびに、浅田…、うーん、なんといえば…、真央ちゃんでいいかな、心の中に生きているんだと思います」。

 跳ぶたびに、生きる。その言葉通り、羽生が最も愛し、武器とするトリプルアクセルは元をたどれば浅田さんに行き着く。中学1年まで、45分間のジャンプ練習時間すべてを費やしても、トリプルアクセルだけは跳べなかった。初めて成功したのはジュニア(13~18歳)に上がる直前の08年夏、長野・野辺山で行われた全日本合宿。浅田さんらシニアの先輩たちと一緒に滑り、喜々として彼らを観察していた。浅田さんの、力まないふわっと浮き上がるジャンプを見て「力っていらないんだなぁ」と驚いた。まねて軽く踏み切ると、跳べた。成功したのは1回だけだったが、氷の上を転げ回るほどうれしかった。それから9年。「浅田さんのおかげ」と感謝の思いは消えない。

 引退を知った10日夜は、落ち込んで眠れなかった。浅田さんについて、考え抜いて出た答えは「挑戦の象徴」。浅田さんは、現役最後のシーズンまで限界を定めず、自分ができる最高のプログラムに挑もうとしてきた。その姿は、新たな4回転ジャンプやスケート技術を磨き続け、挑戦することに生きる羽生に重なる。しかも、技をこなすだけでなく、それを難しく見せず華やかに演じる天性もあった。その才能に「ずっと憧れてきた」と語った。

 今月5日に発表されたアスリートイメージ調査では「華やかなアスリート」で1位が浅田さん、2位が羽生。2人がフィギュア人気を支えてきたが、11日に羽生は浅田さんにこう言葉を贈っている。「これからもずっと私の憧れの人です。たくさんの夢をありがとうございました」。羽生にとってのスターが浅田さんだった

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4月 142017
 

産経新聞 によると。

 老若男女を問わず、多くの人々に愛されてきた浅田真央。リンク内外で交流のあった人々は、ひたむきに競技に向かい、挫折を経験しながらも立ち上がる「人間・浅田真央」としての魅力を語る。

 「順風満帆でないときもスケート一筋。おごらず、いちずに努力を続ける真摯(しんし)な姿を見ると、応援せずにいられなくなってしまう」

 10代の頃から浅田の成長を見守ってきた中京大中京高校スケート部顧問、渡辺伸雄さん(62)は高校時代の様子をこう話す。けがをしたときなども弱音を吐く姿を周囲に見せなかった。「だってスケートが好きだから」と練習に打ち込む姿勢は、部員に伝わったという。

 「一緒に泣いたり、笑ったり。こんなに共感できるスポーツ選手はいない」。スポーツジャーナリストの増田明美さんは浅田の自然体に注目。「自分をよく見せようとせず、ありのまま、気持ちに正直に前へ向かっていた。その透明感が競技終了後のインタビューにも出ていて、飾らない思いを、時に涙をこらえながら自分の言葉で語る姿にみんながとりこになった」という。

 東日本大震災で被災した子供たちにも生きる力を与えた。

 福島県いわき市立中央台北小学校の水谷大校長(57)は平成25年6月、浅田が参加したスケート教室に児童を引率した。「その半年後、浅田選手がソチ五輪に出場したことは子供たちの誇りだった」

 しかし、浅田はその大舞台のショートプログラムで失敗。メダルの可能性が限りなく低くなったが、フリーで全力を出し切った。「児童らと、弱さと向き合い、もがき苦しみながら立ち上がる姿は何と美しいのかと話し合った」と水谷校長。「浅田選手は子供たちの生きる指針になったはずだ」

 ハリウッド大学院大学の佐藤綾子教授(パフォーマンス心理学)は12日の会見で、涙を見せないよう後ろを向いていた姿などに謙虚さや思いやりを感じたといい、「守ってあげたい、何とかしてあげたいと思わせる面があり、日本人の精神性を象徴したような選手だった」と総括した。

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4月 132017
 

日刊ゲンダイDIGITAL によると。

「浅田真央と結婚するという臆測が一部で広がっている。ホントなの?」

 日刊ゲンダイの直撃に「はあ!?」と、すっとんきょうな声を上げたのは、先月のWBCでも活躍した広島の菊池涼介(27)である。

 10日深夜、自身のブログで引退を発表した女子フィギュアスケートのバンクーバー五輪銀メダリスト・浅田真央(26=中京大)。直後から未明にかけて引退の理由としてネット上で急浮上したのが菊池なのだ。

 一時は大手検索サイトに「浅田真央」と入力すると、検索予測ワード上の上位に「菊池涼介 結婚 妊娠」などと出るほどだった。

 中には、菊池が新婚生活のためにマンションを購入? などという情報まで氾濫している。

 そこで昨11日、東京ドームで菊池に聞いた。ちなみに、菊池は独身だ。

――浅田真央を知っている?
「真央ちゃん? 引退するんですよね?」

――ネット上でその真央ちゃんと菊池がウワサになっている。
「結婚する? え!? マジっすか? 何で?」

――マンションを買って同居するとか。
「いやいや、同居って……。会ったこともありませんから。それなのに何でですかね?」

 本人は全く心当たりがないという。

■真相は…?

 どうやら、こういうことらしい。広島を拠点に活躍する「浅田真由」という浅田真央と一字違いのフリー女子アナウンサー兼タレントがいる。CS放送のJスポーツで広島のキャンプリポーターを務めていることもあり、「美人すぎる女子アナ」として地元では有名。菊池がこの美女とウワサになったことがあり、真由と真央がネット上でごっちゃになったようなのだ。

「その浅田さんなら知っています。カープの取材に来ますからね。ウワサ? いやいや、何もありません。ゲンダイさんでちゃんと打ち消してください」と菊池はこちらもきっぱり否定。こう続けた。

「フィギュアスケートといえば浅田真央ちゃん。国民的ヒロインとウワサになって光栄ですけど、残念ながら会ったことがないので……。『本当にお疲れさまでした』と言いたいですね」

 “疑惑が晴れた”菊池はこの日、巨人のエース菅野から3安打。2ランを含む5安打3打点の大暴れである。一方の浅田は、7月29日からの「ザ・アイス」の大阪公演で座長を務め、引退後の初滑りを披露することが明らかになった。

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4月 122017
 

デイリースポーツ によると。

 女子フィギュアスケートの浅田真央(26)が12日、都内のホテルで引退会見に臨み、引退を決意した経緯や現在の心境を語った。5歳のころからスケートを始め、2度の五輪、3度の世界選手権優勝、そして「ハーフハーフ」との名言を残しながらも休養から復帰に踏み切った競技人生を振り返った。一度競技を離れ、復帰したからこそ「やり残したことはない」とまっすぐに言える心境になったと明かした。以下、一問一答の要旨。

 -最初にスケート靴を履いた時のことは。

 「私は覚えていないんですけど…。5歳だったので。ヘルメットをかぶってスキーウエアを着て、肘当て、膝当てをしていたのは写真に残っているので覚えて(分かって)います」

 -スケートをやってきて一番楽しかったのは。

 「フィギュアスケートっていくつも技があると思うんですけど、その技をできることができたのは本当に楽しい気持ちで、じゃあ次は2回転飛びたい、3回転飛びたいと、そういう思いがすごく楽しかったです」

 -つらかったのは。

 「つらかったのはそんなになくて、この道を選んできたのは自分ですし、自分がやりたいと望んでやってきた道なので、つらいと思ったことはないです」

 -バンクーバー五輪は。

 「19歳だったんですけど、十代で若くて、本当に気が強くて、強い気持ちだけで乗り越えてきたなという感じがします」

 -ソチ五輪のフリーは素晴らしい演技だった。

 「ソチ五輪はショートが残念な結果だったので、気持ち的にはすごくつらい試合ではあったんですけど、フリーでああいう形で最高の演技で終えることができて、あの気持ちの状態からバンクーバーからソチ、その4年間の思いをすべて4分間に注ぎ込めたと思っています」

 -2度の五輪を経験した。

 「この後の人生においてもいい経験だったり、いい思い出になったのかなと思います」

 -3回の世界選手権優勝。

 「2回世界選手権で金メダルを取った時は五輪の後の世界選手権だったので、五輪の悔しさを世界選手権で晴らせた大会だったのかなと思う。最後の世界選手権が自分の気持ちの中では最後と思って臨んだ試合だったので、今までのスケート人生をすべてプログラムにぶつけた試合だった。最後の世界選手権が一番、思い入れが強い試合でした」

 -最も印象に残っている演技は。

 「うーん…、あー難しいですね。1つっていうのは難しくて…。うーん。でも、やっぱりソチのフリーかなというふうに思います。やはり、気持ちがすごい今までの試合以上に落ち込んでいたりつらかったりした部分もあったんですけど、あれだけの挽回の演技ができて、それが五輪だったことが一番良かったのかなというふうに思います」

 -山田満知子さん、佐藤信夫さんという2人のコーチについて。

 「(山田)満知子先生は小さいころに指導を受けていたんですけど、スケートの楽しさ、挑戦する楽しさを教えてくれました。スケートだけではなくいろんなことを教えてくれた先生です。佐藤(信夫)コーチは大人になってから指導を受けたんですけど、自分の意志もすごく強い方、というか強いので、先生と話し合いをする機会も多かったんですけど。自分の意見もしっかり聞いてくださって、それを静かに見守ってくださった先生でした」

 -復帰後2年間の意味をどう考えるか。

 「ソチ五輪シーズンで世界選手権を終えて、選手を終えていたら、今もまだできたんじゃないかなと思っていたと思います。自分が望んで復帰してチャレンジして出した結果なので、今はやり残したことはないので、そういった意味で、もう一度自分がチャレンジすることができて良かったなと思います」

 -今後のプランは。

 「まずもうすぐ『THE ICE』のアイスショーなので、選手生活を終えて初めて皆さんの前で滑るので、いい演技を目指して頑張りたいと思っています」

 -フィギュアスケートにどう携わる。

 「私は5歳からスケートを始めて、今までスケートにお世話になりました。どんな形であってもフィギュアスケートに恩返しができるような活動をしていきたいと思います」

 -具体的にはこれからか。

 「そうですね」

 Posted by at 9:16 PM
4月 112017
 

日刊ゲンダイDIGITALによると。

 フィギュアスケート女子、10年バンクーバー五輪銀メダリストの浅田真央(26=中京大)が10日、自身のブログで現役引退を表明した。

 14年のソチ五輪後、1シーズンの休養を経て15年に復帰。グランプリ(GP)シリーズの中国杯は制したものの、その後はサッパリだった。ブログに「復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました」とつづったように、16年の世界選手権は、過去最低の7位。今季もGPシリーズで振るわず、気持ちが完全に切れるきっかけとなったのは昨年末の全日本選手権。12位という惨敗に終わって主要国際大会の出場権を失い、「自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました」と説明した。

 自身は年齢とともに体が成長し、代名詞のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)が決まらなくなった。復帰後は左膝痛を発症。持病の腰痛も悪化し、満足な練習もできなくなって、年明けからは「やめたい」「もうムリ」と周囲に弱音を吐くようになったという。

 おまけに2年連続グランプリファイナル2位の宮原知子(19)を筆頭に、15年から2年連続世界ジュニア選手権3位の樋口新葉(16)、先日の世界ジュニア選手権で200点超えの2位となった本田真凜(15)らの若手が台頭。ジュニアの本田が200点台を出す中、浅田は14年の世界選手権で記録した216・69の自己ベストはおろか、190点台も出せなくなり限界を痛感させられた。

 来年2月の冬季平昌五輪の出場枠は3から2に減り、最終目標への挑戦を断念せざるを得なくなったのが実情だ。

■CM1本800万円

 気になるのは、今後である。この日の引退表明で、遅かれ早かれテレビ局の間で争奪戦が勃発するのは間違いない。

「所属マネジメント会社の戦略でしょうが、ブログでの引退発表は今後の真央の商品価値をさらに高めるはずです」と、広告代理店関係者がこう続ける。

「フィギュアは放映権を持っているフジテレビ、テレビ朝日との関係が強く、選手個人とも太いパイプを築いている。特にジュニア時代から真央に密着し、系列会社からそのDVDまで発売しているフジテレビで引退を独占発表する手もあったのに、そうはしなかった。テレビだけでなく新聞の朝刊の締め切り時間にまで配慮してブログをアップする公平な幕引きは、メディア内での好感度をさらに上げた。来年2月に平昌五輪を控え、各局とも数字を取れるキャスターはノドから手です。真央の全盛期のギャラはCM1本8000万円、テレビ1本300万円。現在はいずれも半分になっているとはいえ、それでも年間3億円以上の収入があるとみられている。キャスター業を中心にプロスケーターとして各地でアイスショーを開催することになるでしょうから、引退後は現在の倍は稼ぎ出すはずです」

 ジュニア時代から「真央ちゃん」の愛称で親しまれた浅田は、女子アスリートとしては群を抜く実績、知名度、好感度を誇る。そんな国民的ヒロインを欲しがるのは、もちろんテレビ局だけではない。

「2019年の参院選に向け、間違いなく各党がアプローチをかけるでしょうね。女子サッカーの沢(穂希)が引退を発表した15年も、自民党が翌年に控えていた参院選の目玉候補として名前を挙げていた。女子柔道金メダリストとして10年参院選(民主党比例)に出馬し、35万超の票を取った谷亮子の例を出すまでもなく、スポーツ選手は確実に票が取れる。男女問わずに好感度が高く、スキャンダルとも無縁の浅田ならなおさらで、政界が放っておくわけがありません」(全国紙記者)

 26歳になってなお天真爛漫な浅田にその気があるとは思えないが、この日の引退表明の前には、ウオーターサーバー会社と新たなスポンサー契約を結ぶことも発表されていた。今後はあちこちから引っ張りだこになることだけは間違いない。

 Posted by at 8:57 PM